けた。そこは京都の方から景蔵をたよって来て身を隠したり、しばらく逗留《とうりゅう》したりして行くような幾多の志士たち――たとえば、内藤頼蔵《ないとうらいぞう》、磯山新助《いそやましんすけ》、長谷川鉄之進《はせがわてつのしん》、伊藤祐介《いとうゆうすけ》、二荒四郎《ふたらしろう》、東田行蔵《ひがしだこうぞう》らの人たちを優にかばいうるほどの奥行きの深い本陣である。そこはまた、過ぐる文久二年の夏、江戸屋敷の方から来た長州侯の一行が木曾街道経由で上洛《じょうらく》の途次、かねての藩論たる公武合体、航海遠略から破約|攘夷《じょうい》へと、大きく方向の転換を試みるための中津川会議を開いた由緒《ゆいしょ》の深い家でもある。
「どうでしょう、香蔵さん、大平峠《おおだいらとうげ》あたりは雪でしょうか。」
「さあ、わたしもそのつもりでしたくして来ました。」
二人の友だちはまずこんな言葉をかわした。景蔵のしたくもできた。とりあえず馬籠まで行こう、二人して半蔵を驚かそうと言うのは香蔵だ。年齢の相違こそあれ、二人は旧《ふる》い友だちであり、平田の門人仲間であり、互いに京都まで出て幾多の政変の渦《うず》の中に
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