大切な帳面や腰の物を長持に入れ、青野という方まで運ぶものがある。
旧暦十一月の末だ。二十六日には冬らしい雨が朝から降り出した。その日の午後になると、馬籠宿内の女子供で家にとどまるものは少なかった。いずれも握飯《むすび》、鰹節《かつおぶし》なぞを持って、山へ林へと逃げ惑うた。半蔵の家でもお民は子供や下女を連れて裏の隠居所まで立ち退《の》いた。本陣の囲炉裏《いろり》ばたには、栄吉、清助をはじめ、出入りの百姓や下男の佐吉を相手に立ち働くおまんだけが残った。
「姉《あね》さま。」
台所の入り口から、声をかけながら土間のところに来て立つ近所の婆《ばあ》さんもあった。婆さんはあたりを見回しながら言った。
「お前さまはお一人《ひとり》かなし。そんならお前さまはここに残らっせるつもりか。おれも心細いで、お前さまが行くなら一緒に本陣林へでも逃げずかと思って、ちょっくら様子を見に来た。今夜はみんな山で夜明かしだげな。おまけに、この意地の悪い雨はどうだなし。」
独《ひと》り者の婆さんまでが逃げじたくだ。
半蔵は家の外にも内にもいそがしい時を送った。水戸浪士をこの峠の上の宿場に迎えるばかりにしたく
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