三つの条件が認《したた》めてあった。
 一、飯田藩は弓矢沢の防備を撤退すること。
 二、間道に修繕を加うること。
 三、飯田町にて軍資金三千両を醵出《きょしゅつ》すること。


「お前はこの辺の百姓か。人足の手が足りないから、鎗《やり》をかついで供をいたせ。」
「いえ、わたくしは旅の者でございます、お供をいたすことは御免こうむりましょう。」
「うんにゃ、そう言わずに、片桐の宿までまいれば許してつかわす。」
 上伊那の沢渡村《さわどむら》という方から片桐宿まで、こんな押し問答の末に一人の百姓を無理押しつけに供に連れて来た浪士仲間の後殿《しんがり》のものもあった。
 いよいよ北原兄弟が奔走周旋の結果、間道通過のことに決した浪士の一行は片桐出立の朝を迎えた。先鋒隊《せんぽうたい》のうちにはすでに駒場《こまば》泊まりで出かけるものもある。
 後殿《しんがり》の浪士は上伊那から引ッぱって来た百姓をなかなか放そうとしなかった。その百姓は年のころ二十六、七の働き盛りで、荷物を持ち運ばせるには屈強な体格をしている。
「お前はどこの者か。」と浪士がきいた。
「わたくしですか。諏訪飯島村《すわいいじまむら
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