伴野《ともの》に、阿島《あじま》に、市田に、座光寺に、その他にも熱心な篤胤の使徒を数えることができる。この谷だ。今は黙ってみている場合でないとして、北原|兄弟《きょうだい》のような人たちがたち上がったのに不思議もない。
その片桐まで行くと、飯田の城下も近い。堀石見守《ほりいわみのかみ》の居城はそこに測りがたい沈黙を守って、浪士らの近づいて行くのを待っていた。その沈黙の中には御会所での軍議、にわかな籠城《ろうじょう》の準備、要所要所の警戒、その他、どれほどの混乱を押し隠しているやも知れないかのようであった。万一、同藩で籠城のことに決したら、市内はたちまち焼き払われるであろう。その兵火戦乱の恐怖は老若男女の町の人々を襲いつつあった。
夜、武田《たけだ》本陣にあてられた片桐の問屋へは、飯田方面から、豊三郎が兄の北原稲雄と一緒に早|駕籠《かご》を急がせて来た。その時、浪士側では横田東四郎と藤田《ふじた》小四郎とが応接に出た。飯田藩として間道の通過を公然と許すことは幕府に対し憚《はばか》るところがあるからと言い添えながら、北原兄弟は町役人との交渉の結果を書面にして携えて来た。その書面には左の
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