してありますが、もう第十六の巻《まき》を出しました。お聞き及びかどうか知りませんが、その上木《じょうぼく》を思い立ったのは座光寺の北原稲雄です。これにおります今村豊三郎の兄に当たります。」正香が答えた。
 こんなことから浪士らの疑いは解けた。そこへ三人が持ち出して、及ばずながら斡旋の労を執りたいというは、浪士らに間道の通過を勧め、飯田藩との衝突を避けさせたいということだった。正香や豊三郎は一応浪士らの意向を探りにやって来たのだ。もとより浪士側でも戦いを好むものではない。飯田藩を傷つけずに済み、また浪士側も傷つかずに済むようなこの提案に不賛成のあろうはずもない。異議なし。それを聞いた三人は座光寺の方に待っている北原稲雄へもこの情報を伝え、飯田藩ともよく交渉を重ねて来ると言って、大急ぎで帰って行った。
 二十三日には浪士らは片桐《かたぎり》まで動いた。その辺から飯田へかけての谷間《たにあい》には、数十の郷村が天龍川の両岸に散布している。岩崎|長世《ながよ》、北原稲雄、片桐|春一《しゅんいち》らの中心の人物をはじめ、平田篤胤没後の門人が堅く根を張っているところだ。飯田に、山吹《やまぶき》に、
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