ものはまた、一行と共に動いて行く金の葵紋《あおいもん》の箱、長柄《ながえ》の傘《かさ》、御紋付きの長持から、長棒の駕籠《かご》の類《たぐい》まであるのを意外として、まるで三、四十万石の大名が通行の騒ぎだと言うものもある。
 しかし、それも理のないことではない。なぜかなら、その葵紋の箱も、傘も、長持も、長棒の駕籠も、すべて水戸烈公を記念するためのものであったからで。たとい御隠居はそこにいないまでも、一行が「従二位大納言」の大旗を奉じながら動いて行くところは、生きてる人を護《まも》るとほとんど変わりがなかったからで。あの江戸|駒込《こまごめ》の別邸で永蟄居《えいちっきょ》を免ぜられたことも知らずじまいにこの世を去った御隠居が生前に京都からの勅使を迎えることもできなかったかわりに、今「奉勅」と大書した旗を押し立てながら動いて行くのは、その人の愛する子か孫かのような水戸人もしくは準水戸人であるからで。幕府のいう賊徒であり、反対党のいう不忠の臣である彼らは、そこにいない御隠居にでもすがり、その人の志を彼らの志として、一歩でも遠く常陸《ひたち》のふるさとから離れようとしていたからで。
 天龍川《て
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