この砥沢口の戦闘には、浪士側では十七人ほど討死《うちじに》した。百人あまりの鉄砲|疵《きず》鎗疵なぞの手負いを出した。主将耕雲斎も戦い疲れたが、また味方のもの一同を樋橋に呼び集めるほど元気づいた。湊《みなと》出発以来、婦人の身でずっと陣中にある大納言《だいなごん》の簾中《れんちゅう》も無事、山国親子も無事、筑波《つくば》組の稲右衛門、小四郎、皆無事だ。一同は手分けをして高島陣地その他を松明《たいまつ》で改めた。そこの砦《とりで》、ここの胸壁の跡には、打ち捨ててある兜《かぶと》や小銃や鎗や脇差《わきざし》や、それから床几《しょうぎ》陣羽織《じんばおり》などの間に、目もあてられないような敵味方の戦死者が横たわっている。生臭《なまぐさ》い血の臭気《におい》はひしひしと迫って来る夜の空気にまじって一同の鼻をついた。
耕雲斎は抜き身の鎗を杖《つえ》にして、稲右衛門や兵部や小四郎と共に、兵士らの間をあちこちと見て回った。戦場のならいで敵の逆襲がないとは言えなかった。一同はまたにわかに勢ぞろいして、本陣の四方を固める。その時、耕雲斎は一手の大将に命じ、味方の死骸《しがい》を改めさせ、その首を打ち
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