た。樋橋の山の神の砦《とりで》で浪士らをくい止める諏訪藩の思《おぼ》し召しではあるけれども、なにしろ相手はこれまで所々で数十度の実戦に臨み、場数を踏んでいる浪士らのことである、万一破れたらどうなろう。このことが沿道の住民に恐怖を抱《いだ》かせるようになった。種々《さまざま》な風評は人の口から口へと伝わった。万一和田峠に破れたら、諏訪勢は樋橋村を焼き払うだろう、下諏訪へ退いて宿内をも焼き払うだろう、高島の方へは一歩も入れまいとして下諏訪で防戦するだろう、そんなことを言い触らすものがある。その「万一」がもし事実となるとすると、下原村は焼き払われるだろう、宿内の友《とも》の町、久保《くぼ》、武居《たけい》も危《あぶ》ない、事急な時は高木大和町《たかぎやまとちょう》までも焼き払い、浪士らの足だまりをなくして防ぐべき諏訪藩での御相談だなぞと、だれが言い出したともないような風評がひろがった。
沿道の住民はこれには驚かされた。家財は言うまでもなく、戸障子まで取りはずして土蔵へ入れるものがある。土蔵のないものは最寄《もよ》りの方へ預けると言って背負《しょ》い出すものがあり、近村まで持ち運ぶものがある
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