また、また、土蔵も残らず打ち破り家屋敷もことごとく焼き崩《くず》して浪士らの足だまりのないようにされるとの風聞が伝わった。それを聞いたものは皆大いに驚いて、一度土蔵にしまった大切な品物をまた持ち出し、穴を掘って土中に埋めるものもあれば、畑の方へ持ち出すものもある。何はともあれ、この雨天ではしのぎかねると言って、できるだけ衣類を背負《しょ》うことに気のつくものもある。人々は互いにこの混乱の渦《うず》の中に立った。乱世もこんなであろうかとは、互いの目がそれを言った。付近の老若男女はその夜のうちに山の方へ逃げ失《う》せ、そうでないものは畑に立ち退《の》いて、そこに隠れた。
 伊賀守《いがのかみ》としての武田耕雲斎を主将に、水戸家の元町奉行《もとまちぶぎょう》田丸稲右衛門を副将に、軍学に精通することにかけては他藩までその名を知られた元小姓頭取《もとこしょうとうどり》の山国兵部《やまぐにひょうぶ》を参謀にする水戸浪士の群れは、未明に和田宿を出発してこの街道を進んで来た。毎日の行程およそ四、五里。これは雑兵どもが足疲れをおそれての浪士らの動きであったが、その日ばかりは和田峠を越すだけにも上り
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