たんばのかみ》から派遣せられた三百五十人ばかりの兵は長窪《ながくぼ》の陣地を退いて、東餅屋に集まっている時であった。もともと松本藩の出兵は追討総督田沼|玄蕃頭《げんばのかみ》の厳命を拒みかねたので、沿道警備のため長窪まで出陣したが、上田藩も松代藩《まつしろはん》も小諸藩《こもろはん》も出兵しないのを知っては単独で水戸浪士に当たりがたいと言って、諏訪から繰り出す人数と一手になり防戦したい旨《むね》、重役をもって、諏訪方へ交渉に来た。諏訪方としては、これは思いがけない友軍を得たわけである。早速、物頭《ものがしら》は歓迎の意を表し、及ばずながら諏訪藩では先陣を承るであろうとの意味を松本方の重役に致《いた》した。両餅屋焼き払いのこともすでに決定せられた。急げとばかり、東餅屋へは松本勢の手で火を掛け、西餅屋に控えていた諏訪方の兵は松本勢の通行が全部済むのを待って餅屋を焼き払った。
物頭は樋橋《といはし》にいた。五、六百人からの人足を指揮して、雨中の防禦工事を急いでいた。そこへ松本勢が追い追いと峠から到着した。物頭は樋橋下の民家を三軒ほど貸し渡して松本勢の宿泊にあてた。松本方の持参した大砲は百目
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