りの小脇差《こわきざし》しか差していない。その尖端《せんたん》が相手に触れたか触れないくらいのことに先方の浪人は踵《きびす》を反《かえ》して、一目散に逃げ出した。こちらもびっくりして、抜き身の刀を肩にかつぎながら、あとも見ずに逃げ出して帰ったという。これがわずかに十六歳ばかりの当時の水戸の少年だ。
 二階がある。座敷がある。酒が置いてある。その酒楼の二階座敷の手摺《てすり》には、鎗《やり》ぶすまを造って下からずらりと突き出した数十本の抜き身の鎗がある。町奉行のために、不逞《ふてい》の徒の集まるものとにらまれて、包囲せられた二人《ふたり》の侍がそこにある。なんらの罪を犯した覚えもないのに、これは何事だ、と一人の侍が捕縛に向かって来たものに尋ねると、それは自分らの知った事ではない。足下《そっか》らを引致《いんち》するのが役目であるとの答えだ。しからば同行しようと言って、数人に護《まも》られながら厠《かわや》にはいった時、一人の侍は懐中の書類をことごとく壺《つぼ》の中に捨て、刀を抜いてそれを深く汚水の中に押し入れ、それから身軽になって連れの侍と共に引き立てられた。罪人を乗せる網の乗り物に乗せ
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