やった来た」]。一座六人の中には、よいきげんになっても、まだ飲み足りないという人もいた。二軒も梯子《はしご》で飲み歩いて、無事に屋敷へ帰ったかもわからないような大|酩酊《めいてい》の人もいた。
間もなく相生町《あいおいちょう》の二階で半蔵が送る終《つい》の晩も来た。出発の前日には十一屋の方へ移って他の庄屋とも一緒になる約束であったからで。その晩は江戸出府以来のことが胸に集まって来て、実に不用な雑費のみかさんだことを考え、宿方総代としてのこころざしも思うように届かなかったことを考えると、彼は眠られなかった。階下《した》でも多吉夫婦がおそくまで起きていると見えて、二人《ふたり》の話し声がぼそぼそ聞こえる。彼は枕《まくら》の上で、郷里の方の街道を胸に浮かべた。去る天保四年、同じく七年の再度の凶年で、村民が死亡したり離散したりしたために、馬籠《まごめ》のごとき峠の上の小駅ではお定めの人足二十五人を集めるにさえも、隣郷の山口村や湯舟沢村の加勢に待たねばならないことを思い出した。駅長としての彼が世話する宿駅の地勢を言って見るなら、上りは十曲峠《じっきょくとうげ》、下りは馬籠峠、大雨でも降れば道は
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