朔日《ついたち》十五日には必ず赤の御飯をたいて出すほど家族同様な親切を見せ、かみさんのお隅《すみ》がいったん引き受けた上は、どこまでも世話をするという顔つきでいてくれたが。こんなに半蔵も長逗留《ながとうりゅう》で、追い追いと懐《ふところ》の寒くなったところへ、西の方からは尾張《おわり》の御隠居を総督にする三十五藩の征長軍が陸路からも海路からも山口の攻撃に向かうとのうわさすら伝わって来た。


 この長逗留の中で、わずかに旅の半蔵を慰めたのは、国の方へ求めて行きたいものもあるかと思って本屋をあさったり、江戸にある平田同門の知人を訪《たず》ねたり、時には平田家を訪ねてそこに留守居する師|鉄胤《かねたね》の家族を見舞ったりすることであった。しかしそれにも増して彼が心を引かれたのは多吉夫婦で、わけてもかみさんのお隅のような目の光った人を見つけたことであった。
 江戸はもはや安政年度の江戸ではなかった。文化文政のそれではもとよりなかった。十年前の江戸の旅にはまだそれでも、紙、織り物、象牙《ぞうげ》、玉《ぎょく》、金属の類《たぐい》を応用した諸種の工芸の見るべきものもないではなかったが、今は元治年
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