う》の番付《ばんづけ》をお目にかけて。」
 相生町ではこの調子だ。
 六月の江戸出府以来、四月近くもむなしく奉行の沙汰《さた》を待つうちに、旅費のかさむことも半蔵には気が気でなかった。東片町《ひがしかたまち》にある山村氏の屋敷には、いろいろな家中衆もいるが、木曾福島の田舎侍《いなかざむらい》とは大違いで、いずれも交際|上手《じょうず》な人たちばかり。そういう人たちがよく半蔵を誘いに来て、広小路《ひろこうじ》にかかっている松本松玉《まつもとしょうぎょく》の講釈でもききに行こうと言われると、帰りには酒のある家へ一緒に付き合わないわけにいかない。それらの人たちへの義理で、幸兵衛や平助と共にある屋敷へ招かれ、物数奇《ものずき》な座敷へ通され、薄茶《うすちゃ》を出されたり、酒を出されたり、江戸の留守居とも思われないような美しい女まで出されて取り持たれると、どうしても一人前につき三|分《ぶ》ぐらいの土産《みやげ》を持参しなければならない。半蔵は国から持って来た金子《きんす》も払底《ふってい》になった。もっとも、多吉方ではむだな金を使わせるようなことはすこしもなく、食膳《しょくぜん》も質素ではあるが
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