、したがって自分らの江戸滞在を長引かせることを恐れた。時には九十六|間《けん》からある長い橋の上に立って、木造の欄干に倚《よ》りかかりながら丑寅《うしとら》の方角に青く光る遠い山を望んだ。どんな暑苦しい日でも、そこまで行くと風がある。目にある隅田川《すみだがわ》も彼には江戸の運命と切り離して考えられないようなものだった。どれほどの米穀を貯《たくわ》え、どれほどの御家人旗本を養うためにあるかと見えるような御蔵《おくら》の位置はもとより、両岸にある形勝の地のほとんど大部分も武家のお下屋敷で占められている。おそらく百本杭《ひゃっぽんぐい》は河水の氾濫《はんらん》からこの河岸《かし》や橋梁《きょうりょう》を防ぐ工事の一つであろうが、大川橋(今の吾妻橋《あずまばし》)の方からやって来る隅田川の水はあだかも二百何十年の歴史を語るかのように、その百本杭の側に最も急な水勢を見せながら、両国の橋の下へと渦《うず》巻き流れて来ていた。


 三人の庄屋が今度の江戸出府を機会に嘆願を持ち出したのは、理由のないことでもない。早い話が参覲交代制度の廃止は上から余儀なくされたばかりでなく、下からも余儀なくされたも
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