とを一時の浮沈《うきしずみ》ぐらいで一口に言ってしまいたくなかった。ただあの旧師が近く中津川を去って、伊勢《いせ》の方に晩年を送ろうとしている人であることをうわさするにとどめていた。
「横浜貿易と言えば、あれにはずいぶん祟《たた》られた人がある。」と言うのは平助だ。「中津川あたりには太田の陣屋へ呼び出されて、尾州藩から閉門を仰せ付けられた商人もあるなんて、そんな話じゃありませんか。お灸《きゅう》だ。もうけ過ぎるからでさ。」
「万屋《よろずや》さんもどうなすったでしょう。」と隠居が言う。
「万屋さんですか。」と半蔵は受けて、「あの人はぐずぐずしてやしません。横浜の商売も生糸《きいと》の相場が下がると見ると、すぐに見切りをつけて、今度は京都の方へ目をつけています。今じゃ上方《かみがた》へどんどん生糸の荷を送っているでしょうよ。」
「どうも美濃《みの》の商人にあっちゃ、かなわない。中津川あたりにはなかなか勇敢な人がいますね。」と平助が言って見せる。
「宮川先生で思い出しました。」と隠居は言った。「手前が喜多村瑞見《きたむらずいけん》というかたのお供をして、一度神奈川の牡丹屋《ぼたんや》にお訪
前へ
次へ
全434ページ中125ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング