伝馬町《てんまちょう》に入牢《にゅうろう》さ。なんでもたわいない吟味のあったあとで、組頭は牢中で切腹を申し付けられたと言いますよ。東片町《ひがしかたまち》のお屋敷でその話が出て、皆驚いていましたっけ。組頭の検死に行った御小人目付《おこびとめつけ》を知ってる人もあのお屋敷にありましてね、検死には行ったがまことに気の毒だったと、あとで御小人目付がそう言ったそうです。あの話を聞いたら、なんだかわたしは江戸にいるのが恐ろしくなって来ました。こうして宿方の費用で滞在して、旅籠屋の飯を食ってるのも気が気じゃありません。」
この平助の言うように、長い旅食《りょしょく》は半蔵にしても心苦しかった。しかし、道中奉行に差し出す諸帳簿の検閲を受け、問わるるままに地方の事情を上申するというだけでは済まされなかった。この江戸出府を機会に、もう一度|定助郷《じょうすけごう》設置の嘆願を持ち出し、かねての木曾十一宿の申し合わせを貫かないことには、平助にしてもまた半蔵にしても、このまま国へは帰って行かれなかった。
前年、五人の総代が木曾から出て来た時、何ゆえに一行の嘆願が道中奉行の容《い》れるところとならなかった
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