《か》く闇黒の中に坐するは、吾事業なるか――」
ずっと旧《ふる》いところの稿《もの》には、こんなことも書いてある。
豪爽《ごうそう》な感想《かんじ》のする夏の雨が急に滝のように落ちて来た。屋根の上にも、庭の草木の上にも烈しく降りそそいだ。冷《すず》しい雨の音を聞きながら、今昔《こんせき》のことを考える。蚊帳《かや》の中へ潜《もぐ》り込んでからも、相川は眠られなかった。多感多情であった三十何年の生涯をその晩ほど想い浮べたことはなかったのである。
寝苦しさのあまりに戸を開けて見た頃は、雨も最早《もう》すっかり止んでいた。洗ったような庭の中が何となく青白く見えるは、やがて夜が明けるのであろう。
「短夜《みじかよ》だ」
と呟《つぶや》いて、復《ま》た相川は蚊帳の内へ入った。
翌日《あくるひ》、原は午前のうちに訪ねて来た。相川の家族はかわるがわる出て、この珍客を款待《もてな》した。七歳になる可愛らしい女の児を始め、四人の子供はめずらしそうに、この髭《ひげ》の叔父さんを囲繞《とりま》いた。
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御届
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私儀、病気につき、今日欠勤|仕《つかまつ》り
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