度《たく》、此《この》段御届に及び候《そうろう》也。
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 こう相川は書いて、それを車夫に持たせて会社へ届けることにした。
「原さんで御座ましたか。すっかり私は御見それ申して了いましたよ」
 と国訛《くになま》りのある語調《ちょうし》で言って、そこへ挨拶《あいさつ》に出たのは相川の母親《おふくろ》である。
「どうも私の為に会社を御休み下すっては御気の毒ですなあ」
 と原は相川の妻の方へ向いて言った。
「なんの、貴方《あなた》、稀《たま》にいらしって下すったんですもの」と相川の妻は如才なく、「どんなにか宿でも喜んでおりますんですよ」
 こういう話をしているうちに、相川は着物を着|更《か》えた。やがて二人の友達は一緒に飯田町の宿を出た。
 昼飯《ひる》は相川が奢《おご》った。その日は日比谷《ひびや》公園を散歩しながら久し振でゆっくり話そう、ということに定《き》めて、街鉄《がいてつ》の電車で市区改正中の町々を通り過ぎた。日比谷へ行くことは原にとって始めてであるばかりでなく、電車の窓から見える市街の光景《ありさま》は総《すべ》て驚くべき事実を語るかのように思われた。道路《
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