な後悔の念が湧《わ》き上って来る。それがこの節相川の癖のように成っている。「今日は最早《もう》仕方が無い」――こう相川は独語《ひとりごと》のように言って、思うままに一日の残りを費そう、と定《き》めた。
 沈鬱な心境を辿《たど》りながら、彼は飯田町六丁目の家の方へ帰って行った。途々《みちみち》友達のことが胸に浮ぶ。確に老《ふ》けた。朝に晩に逢う人は、あたかも住慣れた町を眺《なが》めるように、近過ぎて反《かえ》って何の新しい感想《かんじ》も起らないが、稀《たま》に面《かお》を合せた友達を見ると、実に、驚くほど変っている。高瀬という友達の言草ではないが、「人間に二通りある――一方の人はじりじり年をとる。他方《かたいっぽ》の人は長い間若くていて急にドシンと陥没《おっこ》ちる」相川は今その言葉を思出して、原をじりじり年をとる方に、自分をドシンと陥没ちる方に考えて見て笑ったが、然し友達もああ変っていようとは思いがけなかった。原ともあろうものが今から年をとってどうする、と彼は歩きながら嘆息した。実際相川はまだまだ若いつもりでいる。彼は、久し振で出て来た友達のことを考えて、歯癢《はがゆ》いような気がし
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