て、やがてそれを掛添えながら友達の顔を眺《なが》めた。
「相川君、まだ僕は二三日東京に居る積りですから、いずれ御宅の方へ伺うことにしましょう」こう原は言出した。「いろいろ御話したいこともある」
「では、君、こうしてくれ給え。明日|午前《ひるまえ》に僕の家へやって来てくれ給え。久し振でゆっくり話そう」
「明日?」と原はいぶかしそうに、「明日は君、土曜――会社があるじゃないか」
「ナニ、一日位休むサ」
「そんなことをしても可《い》いんですか、会社の方は」
「構わないよ」
「じゃあ、そうしようかね。明日は御邪魔になりに伺うとしよう。久し振で僕も出て来たものだから、電車に乗っても、君、さっぱり方角が解らない。小川町から九段へかけて――あの辺は恐しく変ったね。まあ東京の変ったのには驚く。実に驚く。八年ばかり金沢に居る間に、僕はもうすっかり田舎《いなか》者に成っちゃった」
「そうさ、八年といえばやがて一昔だ。すこし長く居過ぎた気味はあるね」
 と言われて、原は淋《さび》しそうに笑っていた。有体《ありてい》に言えば、原は金沢の方を辞《や》めて了ったけれども、都会へ出て来て未だこれという目的《めあて》
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