どうしてその日の夕飯《ゆうめし》にありつこうと案じ煩《わずら》うような落魄《らくはく》した人間も居る。樹と樹との間には、花園の眺めが面白く展けて、流行を追う人々の洋傘《こうもり》なぞが動揺する日の光の中に輝く光影《さま》も見える。
 二人は鬱蒼《こんもり》とした欅《けやき》の下を択《えら》んだ。そこには人も居なかった。
「今日は疲れた」
 と相川はがっかりしたように腰を掛ける。原は立って眺め入りながら、
「相川君、何故《なぜ》、こう世の中が急に変って来たものだろう。この二三年、特に激しい変化が起ったのかねえ、それとも、十年前だって同じように変っていたのが、唯|吾儕《われわれ》に解らなかったのかねえ」
「そうさなあ」と相川は胸を突出して、「この二三年の変化は特に急激なんだろう。こういう世の中に成って来たんだ」
「戦争の影響かしら」
「無論それもある。それから、君、電車が出来て交通は激しくなる――市区改正の為にどしどし町は変る――東京は今、革命の最中だ」
「海老茶《えびちゃ》も勢力に成ったね」と原は思出したように。
「うん海老茶か」と相川は考深い眼付をして言った。
「女も変った」と原は力を
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