なつか》しがる布施の容貌《おもて》に顕《あらわ》れた真実――いずれも原の身にとっては追懐《おもいで》の種であった。相川や、乙骨や、高瀬や、それから永田なぞと、よく往ったり来たりした時代は、最早遠く過去《うしろ》になったような気がする。間も無く四人はこの茶店を出た。細い幹の松が植えてある芝生の間の小径《こみち》のところで、相川、原の二人は書生連に別れて、池に添うて右の方へ曲った。原が振返った時は、もう青木も布施も見えなかった。
 原は嘆息して、
「今の若い連中は仲々面白いことを考えてるようだね」
「そりゃあ、君、進んでいるさ」と相川は歩きながら新しい巻煙草に火を点《つ》けた。「吾儕《われわれ》の若い時とは違うさ」
「そうだろうなあ」
「それに、あの二人なぞは立派に働ける人達だよ――どうして、君、よく物が解ってらあね」
 こういう言葉を交換《とりかわ》して歩いて行くうちに、二人は池に臨んだ石垣の上へ出て来た。樹蔭に置並べた共同腰掛には午睡《ひるね》の夢を貪《むさぼ》っている人々がある。蒼ざめて死んだような顔付の女も居る。貧しい職人|体《てい》の男も居る。中には茫然《ぼんやり》と眺め入って、
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