で、いつの間にか二人の腰掛けている方へ来て鳴いた。やがて原の膝の上に登った。
「好きな人は解るものと見えるね」と相川は笑いながら原が小猫の頭を撫《な》でてやるのを眺めた。
「それはそうと、原君、長く田舎に居て随分勉強したろうね」
「僕かい」と原は苦笑《にがわらい》して、「僕なぞは別に新しいものを読まないさ。此頃《こないだ》も英吉利《イギリス》の永田君から手紙が来たがね、お互いにチョン髷《まげ》党だッて――」
「そう謙遜《けんそん》したものでもなかろう。バルザックやドウデエなぞを読出したのは、君の方が僕より早いぜ――見給え」
「あの時分は夢中だった」と原は言消して、やがて気を変えて、「君こそ勉強したろう。君は大陸通だ、という評判だ」
「大陸通という程でも無いがね、まあ露西亜《ロシア》物は大分集めた」と相川は思出したように、「この節、復《ま》たツルゲネエフを読出した。晩年の作で、ホラ、「ヴァジン・ソイル」――あれを会社へ持って行って、暇に披《あ》けて見てるが、ネズダノオフという主人公が出て来らあね。何だかこう自分のことを書いたんじゃないか、と思うようなところがあるよ」
 その時、大学生の青
前へ 次へ
全23ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング