逢ったがね、ああ柏木君も年をとったなあ、とそう思ったよ。誰だって、君、年をとるサ。僕などを見給え。頭に白髪が生えるならまだしもだが、どうかすると髯《ひげ》にまで出るように成ったからねえ」
「心細いことを云い出したぜ」と相川は腹の中で云った。年をとるなんて、相川に言わせると、そんなことは小欠《おくび》にも出したくなかった。昔の束髪連《そくはつれん》なぞが蒼《あお》い顔をして、光沢《つや》も失くなって、まるで老婆然《おばあさんぜん》とした容子《ようす》を見ると、他事《ひとごと》でも腹が立つ。そういう気象だ。「お互いに未だ三十代じゃないか――僕なぞはこれからだ」と相川は心に繰返していた。
二人は並んで黙って歩いた。
やや暫時《しばらく》経って、原は金沢の生活の楽しかったことを説き初めた。大な士族邸を借て住んだこと、裏庭には茶畠もあれば竹薮《たけやぶ》もあったこと、自分で鍬《くわ》を取って野菜を作ったこと、西洋の草花もいろいろ植えて、鶏も飼う、猫も居る――丁度、八年の間、百姓のように自然な暮しをしたことを話した。
原は聞いて貰《もら》う積りで、市中には事業があっても生活が無い、生活のある
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