》は、時世の為に置去にされた、老朽な小学教員の一人。丑松や銀之助などの若手に比べると、阿爺《おやぢ》にしてもよい程の年頃である。黒木綿の紋付羽織、垢染《あかじ》みた着物、粗末な小倉の袴を着けて、兢々《おづ/\》郡視学の前に進んだ。下り坂の人は気の弱いもので、すこし郡視学に冷酷な態度《やうす》が顕《あらは》れると、もう妙に固くなつて思ふことを言ひかねる。
『何ですか、私に用事があると仰《おつしや》るのは。』斯う催促して、郡視学は威丈高《ゐたけだか》になつた。あまり敬之進が躊躇《ぐづ/\》して居るので、終《しまひ》には郡視学も気を苛《いら》つて、時計を出して見たり、靴を鳴らして見たりして、
『奈何《どう》いふ御話ですか。仰つて見て下さらなければ解りませんなあ。』
 もどかしく思ひ乍ら椅子を離れて立上るのであつた。敬之進は猶々《なほ/\》言ひかねるといふ様子で、
『実は――すこし御願ひしたい件《こと》が有まして。』
『ふむ。』
 復《ま》た室の内は寂《しん》として暫時《しばらく》声がなくなつた。首を垂れ乍ら少許《すこし》慄《ふる》へて居る敬之進を見ると、丑松は哀憐《あはれみ》の心を起さずに居られなかつた。郡視学は最早《もう》堪《こら》へかねるといふ風で、
『私は是で多忙《いそが》しい身体です。何か仰ることがあるなら、ずん/\仰つて下さい。』
 丑松は見るに見かねた。
『風間さん、其様《そんな》に遠慮しない方が可《いゝ》ぢや有ませんか。貴方は退職後のことを御相談して頂きたいといふんでしたらう。』斯う言つて、軈《やが》て郡視学の方へ向いて、『私から伺ひます。まあ、風間さんのやうに退職となつた場合には、恩給を受けさして頂く訳に参りませんものでせうか。』
『無論です、そんなことは。』と郡視学は冷かに言放つた。『小学校令の施行規則を出して御覧なさい。』
『そりやあ規則は規則ですけれど。』
『規則に無いことが出来るものですか。身体が衰弱して、職務を執るに堪へないから退職する――其を是方《こちら》で止める権利は有ません。然し、恩給を受けられるといふ人は、満十五ヶ年以上在職したものに限つた話です。風間さんのは十四ヶ年と六ヶ月にしかならない。』
『でも有ませうが、僅か半歳のことで教育者を一人御救ひ下さるとしたら。』
『其様《そん》なことを言つて見た日にやあ際涯《さいげん》が無い。何ぞと言ふと風間さんは直に家の事情、家の事情だ。誰だつて家の事情のないものはありやしません。まあ、恩給のことなぞは絶念《あきら》めて、折角《せつかく》御静養なさるが可《いゝ》でせう。』
 斯う撥付《はねつ》けられては最早《もう》取付く島が無いのであつた。丑松は気の毒さうに敬之進の横顔を熟視《みまも》つて、
『どうです風間さん、貴方からも御願ひして見ては。』
『いえ、只今の御話を伺へば――別に――私から御願する迄も有ません。御言葉に従つて、絶念《あきら》めるより外は無いと思ひます。』
 其時小使が重たさうな風呂敷包を提げて役場から帰つて来た。斯《こ》のしらせを機《しほ》に、郡視学は帽子を執つて、校長に送られて出た。

       (四)

 男女の教員は広い職員室に集つて居た。其日は土曜日で、月給取の身にとつては反つて翌《あす》の日曜よりも楽しく思はれたのである。茲《こゝ》に集る人々の多くは、日々《にち/\》の長い勤務《つとめ》と、多数の生徒の取扱とに疲《くたぶ》れて、さして教育の事業に興味を感ずるでもなかつた。中には児童を忌み嫌ふやうなものもあつた。三種講習を済まして、及第して、漸《やうや》く煙草のむことを覚えた程の年若な準教員なぞは、まだ前途《さき》が長いところからして楽しさうにも見えるけれど、既に老朽と言はれて髭ばかり厳《いかめ》しく生えた手合なぞは、述懐したり、物羨みしたりして、外目《よそめ》にも可傷《いたは》しく思ひやられる。一月の骨折の報酬《むくい》を酒に代へる為、今茲に待つて居るやうな連中もあるのであつた。
 丑松は敬之進と一緒に職員室へ行かうとして、廊下のところで小使に出逢つた。
『風間先生、笹屋の亭主が御目に懸りたいと言つて、先刻《さつき》から来て待つて居りやす。』
 不意を打たれて、敬之進はさも苦々しさうに笑つた。
『何? 笹屋の亭主?』
 笹屋とは飯山の町はづれにある飲食店、農夫の為に地酒を暖めるやうな家《うち》で、老朽な敬之進が浮世を忘れる隠れ家といふことは、疾《とく》に丑松も承知して居た。けふ月給の渡る日と聞いて、酒の貸の催促に来たか、とは敬之進の寂しい苦笑《にがわらひ》で知れる。『ちよツ、学校まで取りに来なくてもよささうなものだ。』と敬之進は独語《ひとりごと》のやうに言つた。『いゝから待たして置け。』と小使に言含めて、軈《やが》て二人して職員室へと急いだのである。
 十月下旬の日の光は玻璃窓《ガラスまど》から射入つて、煙草の烟《けぶり》に交る室内の空気を明く見せた。彼処《あそこ》の掲示板の下に一群《ひとむれ》、是処の時間表の側《わき》に一団《ひとかたまり》、いづれも口から泡を飛ばして言ひのゝしつて居る。丑松は室の入口に立つて眺めた。見れば郡視学の甥《をひ》といふ勝野文平、灰色の壁に倚凭《よりかゝ》つて、銀之助と二人並んで話して居る様子。新しい艶のある洋服を着て、襟飾《えりかざり》の好みも煩《うるさ》くなく、すべて適《ふさ》はしい風俗の中《うち》に、人を吸引《ひきつ》ける敏捷《すばしこ》いところがあつた。美しく撫付《なでつ》けた髪の色の黒さ。頬の若々しさ。それに是男の鋭い眼付は絶えず物を穿鑿《せんさく》するやうで、一時《いつとき》も静息《やす》んでは居られないかのやう。これを銀之助の五分刈頭、顔の色赤々として、血肥りして、形《なり》も振《ふり》も関はず腕捲《うでまく》りし乍ら、談《はな》したり笑つたりする肌合に比べたら、其二人の相違は奈何《どんな》であらう。物見高い女教師連の視線はいづれも文平の身に集つた。
 丑松は文平の瀟洒《こざつぱり》とした風采《なりふり》を見て、別に其を羨む気にもならなかつた。たゞ気懸りなのは、彼《あの》新教員が自分と同じ地方から来たといふことである。小諸《こもろ》辺の地理にも委敷《くはしい》様子から押して考へると、何時《いつ》何処で瀬川の家の話を聞かまいものでもなし、広いやうで狭い世間の悲しさ、あの『お頭』は今これ/\だと言ふ人でもあつた日には――無論今となつて其様《そん》なことを言ふものも有るまいが――まあ万々一――それこそ彼《あの》教員も聞捨てには為《し》まい。斯う丑松は猜疑深《うたがひぶか》く推量して、何となく油断がならないやうに思ふのであつた。不安な丑松の眼《まなこ》には種々《さま/″\》な心配の種が映つて来たのである。
 軈て校長は役場から来た金の調べを終つた。それ/″\分配するばかりになつたので、丑松は校長を助けて、人々の机の上に十月分の俸給を載せてやつた。
『土屋君、さあ御土産。』
 と銀之助の前にも、五十銭づゝ封じた銅貨を幾本か並べて、外に銀貨の包と紙幣《さつ》とを添へて出した。
『おや/\、銅貨を沢山呉れるねえ。』と銀之助は笑つて、『斯様《こんな》にあつては持上がりさうも無いぞ。はゝゝゝゝ。時に、瀬川君、けふは御引越が出来ますね。』
 丑松は笑つて答へなかつた。傍《そば》に居た文平は引取つて、
『どちらへか御引越ですか。』
『瀬川君は今夜から精進《しやうじん》料理さ。』
『はゝゝゝゝ。』
 と笑ひ葬つて、丑松は素早く自分の机の方へ行つて了つた。
 毎月のこととは言ひ乍ら、俸給を受取つた時の人々の顔付は又格別であつた。実に男女の教員の身にとつては、労働《はたら》いて得た収穫を眺めた時ほど愉快に感ずることは無いのである。ある人は紙の袋に封じた儘《まゝ》の銀貨を鳴らして見る、ある人は風呂敷に包んで重たさうに提げて見る、ある女教師は又、海老茶袴《えびちやばかま》の紐《ひも》の上から撫《な》でゝ、人知れず微笑んで見るのであつた。急に校長は椅子を離れて、用事ありげに立上つた。何事かと人々は聞耳を立てる。校長は一つ咳払ひして、さて器械的な改つた調子で、敬之進が退職の件《こと》を報告した。就いては来る十一月の三日、天長節の式の済んだ後《あと》、この老功な教育者の為に茶話会を開きたいと言出した。賛成の声は起る。敬之進はすつくと立つて、一礼して、軈《やが》て拍子の抜けたやうに元の席へ復《かへ》つた。
 一同帰り仕度を始めたのは間も無くであつた。男女の教員が敬之進を取囲《とりま》いて、いろ/\言ひ慰めて居る間に、ついと丑松は風呂敷包を提《ひつさ》げて出た。銀之助が友達を尋《さが》して歩いた時は、職員室から廊下、廊下から応接室、小使部屋、昇降口まで来て見ても、もう何処にも丑松の姿は見えなかつたのである。

       (五)

 丑松は大急ぎで下宿へ帰つた。月給を受取つて来て妙に気強いやうな心地《こゝろもち》にもなつた。昨日は湯にも入らず、煙草も買はず、早く蓮華寺へ、と思ひあせるばかりで、暗い一日《ひとひ》を過したのである。実際、懐中《ふところ》に一文の小使もなくて、笑ふといふ気には誰がならう。悉皆《すつかり》下宿の払ひを済まし、車さへ来れば直に出掛けられるばかりに用意して、さて巻煙草に火を点けた時は、言ふに言はれぬ愉快を感ずるのであつた。
 引越は成るべく目立たないやうに、といふ考へであつた。気掛りなは下宿の主婦《かみさん》の思惑《おもはく》で――まあ、この突然《だしぬけ》な転宿《やどがへ》を何と思つて見て居るだらう。何か彼《あの》放逐された大尽と自分との間には一種の関係があつて、それで面白くなくて引越すとでも思はれたら奈何《どう》しよう。あの愚痴な性質から、根彫葉刻《ねほりはほり》聞咎《きゝとが》めて、何故《なぜ》引越す、斯う聞かれたら何と返事をしたものであらう。そこがそれ、引越さなくても可《いゝ》ものを無理に引越すのであるから、何となく妙に気が咎《とが》める。下手なことを言出せば反つて藪蛇だ。『都合があるから引越す。』理由は其で沢山だ。斯う種々《いろ/\》に考へて、疑つたり恐れたりして見たが、多くの客を相手にする主婦の様子は左様《さう》心配した程でも無い。さうかうする中に、頼んで置いた車も来る。荷物と言へば、本箱、机、柳行李《やなぎがうり》、それに蒲団の包があるだけで、道具は一切一台の車で間に合つた。丑松は洋燈《ランプ》を手に持つて、主婦の声に送られて出た。
 斯うして車の後に随《つ》いて、とぼ/\と二三町も歩いて来たかと思はれる頃、今迄の下宿の方を一寸振返つて見た時は、思はずホツと深い溜息を吐《つ》いた。道路《みち》は悪し、車は遅し、丑松は静かに一生の変遷《うつりかはり》を考へて、自分で自分の運命を憐み乍ら歩いた。寂しいとも、悲しいとも、可笑《をか》しいとも、何ともかとも名の附けやうのない心地《こゝろもち》は烈しく胸の中を往来し始める。追憶《おもひで》の情は身に迫つて、無限の感慨を起させるのであつた。それは十一月の近《ちかづ》いたことを思はせるやうな蕭条《せうでう》とした日で、湿つた秋の空気が薄い烟《けぶり》のやうに町々を引包んで居る。路傍《みちばた》に黄ばんだ柳の葉はぱら/\と地に落ちた。
 途中で紙の旗を押立てた少年の一群《ひとむれ》に出遇つた。音楽隊の物真似、唱歌の勇しさ、笛太鼓も入乱れ、足拍子揃へて面白可笑しく歌つて来るのは何処の家《うち》の子か――あゝ尋常科の生徒だ。見れば其後に随いて、少年と一緒に歌ひ乍ら、人目も関はずやつて来る上機嫌の酔漢《さけよひ》がある。蹣跚《よろ/\》とした足元で直に退職の敬之進と知れた。
『瀬川君、一寸まあ見て呉れ給へ――是が我輩の音楽隊さ。』
 と指《ゆびさ》し乍ら熟柿《じゆくし》臭《くさ》い呼吸《いき》を吹いた。敬之進は何処かで飲んで来たものと見える。指された少年の群は一度にどつと声を揚げて、自分達の可傷《あはれ》な先生を笑つた。
『始めえ――』敬之進は戯れに指
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