いが、終《しまひ》には教場へ出て、何を生徒に教へて居るのか、自分乍ら感覚が無くなつて了つた。はゝゝゝゝ。いや、全くの話が、長く教員を勤めたものは、皆な斯ういふ経験があるだらうと思ふよ。実際、我輩なぞは教育をして居るとは思はなかつたね。羽織袴《はおりはかま》で、唯月給を貰ふ為に、働いて居るとしか思はなかつた。だつて君、左様《さう》ぢやないか、尋常科の教員なぞと言ふものは、学問のある労働者も同じことぢやないか。毎日、毎日――騒しい教場の整理、大勢の生徒の監督、僅少《わづか》の月給で、長い時間を働いて、克《よ》くまあ今日迄自分でも身体が続いたと思ふ位だ。あるひは君等の目から見たら、今|茲《こゝ》で我輩が退職するのは智慧《ちゑ》の無い話だと思ふだらう。そりやあ我輩だつて、もう六ヶ月|踏堪《ふみこた》へさへすれば、仮令《たとへ》僅少《わづか》でも恩給の下《さが》る位は承知して居るさ。承知して居ながら、其が我輩には出来ないから情ない。是から以後《さき》我輩に働けと言ふのは、死ねといふも同じだ。家内はまた家内で心配して、教員を休《や》めて了《しま》つたら、奈何《どう》して活計《くらし》が立つ、銀行へ
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