》のところは、私《わし》に免じて許して下さるやうに。ない(なあと同じ農夫の言葉)、省吾さん、貴方《あんた》もそれぢやいけやせん。母さんの言ふことを聞かねえやうなものなら、私だつて提棒《さげぼう》(仲裁)に出るのはもう御免だから。』
音作の女房も省吾の側へ寄つて、軽く背を叩《たゝ》いて私語《さゝや》いた。軈て女房は其手に槌の長柄を握らせて、『さあ、御手伝ひしやすよ。』と亭主の方へ連れて行つた。『どれ、始めずか(始めようか)。』と音作は省吾を相手にし、槌を振つて籾を打ち始めた。『ふむ、よう。』の掛声も起る。細君も、音作の女房も、復た仕事に取懸つた。
図《はか》らず丑松は敬之進の家族を見たのである。彼《あ》の可憐な少年も、お志保も、細君の真実《ほんたう》の子では無いといふことが解つた。夫の貧を養ふといふ心から、斯うして細君が労苦して居るといふことも解つた。五人の子の重荷と、不幸な夫の境遇とは、細君の心を怒り易く感じ易くさせたといふことも解つた。斯う解つて見ると、猶々《なほ/\》丑松は敬之進を憐むといふ心を起したのである。
今はすこし勇気を回復した。明《あきらか》に見、明に考へることが出
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