『これ、お作や。』と細君の児を叱る声が起つた。『どうして其様《そん》な悪戯《いたづら》するんだい。女の児は女の児らしくするもんだぞ。真個《ほんと》に、どいつもこいつも碌なものはありやあしねえ。自分の子ながら愛想《あいそ》が尽きた。見ろ、まあ、進を。お前達二人より余程《よつぽど》御手伝ひする。』
『あれ、進だつて遊《あす》んで居やすよ。』といふのは省吾の声。
『なに、遊んでる?』と細君はすこし声を震はせて、『遊んでるものか。先刻《さつき》から御子守をして居やす。其様《そん》なお前のやうな役に立たずぢやねえよ。ちよツ、何ぞと言ふと、直に口答へだ。父さんが過多《めた》甘やかすもんだから、母さんの言ふことなぞ少許《ちつと》も聞きやしねえ。真個《ほんと》に図太《づな》い口の利きやうを為る。だから省吾は嫌ひさ。すこし是方《こちら》が遠慮して居れば、何処迄いゝ気に成るか知れやしねえ。あゝ必定《きつと》また蓮華寺へ寄つて、姉さんに何か言付けて来たんだらう。それで斯様《こんな》に遅くなつたんだらう。内証で隠れて行つて見ろ――酷いぞ。』
『奥様。』と音作は見兼ねたらしい。『何卒《どうか》まあ、今日《こんち
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