お前《めへ》はまあ幾歳《いくつ》に成つたら御手伝ひする積りだよ。』と言ふ細君の声は手に取るやうに聞えた。省吾は継母を懼《おそ》れるといふ様子して、おづ/\と其前に立つたのである。
『考へて見な、もう十五ぢやねえか。』と怒を含んだ細君の声は復た聞えた。『今日は音さんまで御頼申《おたのまう》して、斯うして塵埃《ほこり》だらけに成つて働《かま》けて居るのに、それがお前の目には見えねえかよ。母さんが言はねえだつて、さつさと学校から帰つて来て、直に御手伝ひするのが当然《あたりまへ》だ。高等四年にも成つて、未《ま》だ※[#「阜」の「十」に代えて「虫」、第4水準2−87−44]螽捕《いなごと》りに夢中に成つてるなんて、其様《そん》なものが何処にある――与太坊主め。』
 見れば細君は稲扱《いねこ》く手を休めた。音作の女房も振返つて、気の毒さうに省吾の顔を眺め乍ら、前掛を〆直《しめなほ》したり、身体の塵埃《ほこり》を掃つたりして、軈《やが》て顔に流れる膏汗《あぶらあせ》を拭いた。莚《むしろ》の上の籾は黄な山を成して居る。音作も亦た槌の長柄に身を支へて、うんと働いた腰を延ばして、濃く青い空気を呼吸した。

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