、確に面白い人だと思はせた。文平はまた、時々お志保の方を注意して見た。お志保は着物の前を掻合せたり、垂れ下る髪の毛を撫付けたりして、人々の物語に耳を傾けて居たのである。
銀之助はそんなことに頓着なしで、軈《やが》て思出したやうに、
『たしか吾儕《わたしども》の来る前の年でしたなあ、貴方等《あなたがた》の卒業は。』
斯う言つてお志保の顔を眺めた。奥様も娘の方へ振向いた。
『はあ。』と答へた時は若々しい血潮が遽《にはか》にお志保の頬に上つた。そのすこし羞恥《はぢ》を含んだ色は一層《ひとしほ》容貌《おもばせ》を娘らしくして見せた。
『卒業生の写真が学校に有ますがね、』と銀之助は笑つて、『彼頃《あのころ》から見ると、皆《みん》な立派な姉さんに成りましたなあ――どうして吾儕《わたしども》が来た時分には、まだ鼻洟《はな》を垂らしてるやうな連中もあつたツけが。』
楽しい笑声は座敷の内に溢《あふ》れた。お志保は紅《あか》くなつた。斯ういふ間にも、独り丑松は洋燈《ランプ》の火影《ほかげ》に横になつて、何か深く物を考へて居たのである。
(五)
『ねえ、奥様。』と銀之助が言つた。『瀬
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