の様子を見るのに、何処か身体の具合でも悪いやうだ。まあ、君は左様《さう》は思はないかね。だから穢多の逐出《おひだ》された話を聞くと、直に僕は彼《あ》の猫のことを思出したのさ。それで君が引越したくなつたのかと思つたのさ。』
『馬鹿なことを言ひたまへ。』と丑松は反返《そりかへ》つて笑つた。笑ふには笑つたが、然しそれは可笑《をかし》くて笑つたやうにも聞えなかつたのである。
『いや、戯言《じようだん》ぢやない。』と銀之助は丑松の顔を熟視《みまも》つた。『実際、君の顔色は好くない――診《み》て貰つては奈何《どう》かね。』
『僕は君、其様《そん》な病人ぢや無いよ。』と丑松は微笑《ほゝゑ》み乍ら答へた。
『しかし。』と銀之助は真面目《まじめ》になつて、『自分で知らないで居る病人はいくらも有る。君の身体は変調を来して居るに相違ない。夜寝られないなんて言ふところを見ても、どうしても生理的に異常がある――まあ僕は左様《さう》見た。』
『左様《さう》かねえ、左様見えるかねえ。』
『見えるともサ。妄想《まうさう》、妄想――今の患者の眼に映つた猫も、君の眼に映つた新平民も、皆《みん》な衰弱した神経の見せる幻像《
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