思ひ比べると、実に丑松の様子の変つて来たことは。あの憂欝《いううつ》――丑松が以前の快活な性質を失つた証拠は、眼付で解る、歩き方で解る、談話《はなし》をする声でも解る。一体、何が原因《もと》で、あんなに深く沈んで行くのだらう。とんと銀之助には合点が行かない。『何かある――必ず何か訳がある。』斯う考へて、どうかして友達に忠告したいと思ふのであつた。
 丑松が蓮華寺へ引越した翌日《あくるひ》、丁度日曜、午後から銀之助は尋ねて行つた。途中で文平と一緒になつて、二人して苔蒸《こけむ》した石の階段を上ると、咲残る秋草の径《みち》の突当つたところに本堂、左は鐘楼、右が蔵裏であつた。六角形に出来た経堂の建築物《たてもの》もあつて、勾配のついた瓦屋根や、大陸風の柱や、白壁や、すべて過去の壮大と衰頽《すゐたい》とを語るかのやうに見える。黄ばんだ銀杏《いてふ》の樹の下に腰を曲《こゞ》め乍ら、余念もなく落葉を掃いて居たのは、寺男の庄太。『瀬川君は居りますか。』と言はれて、馬鹿丁寧な挨拶。やがて庄太は箒《はうき》をそこに打捨てゝ置いて、跣足《すあし》の儘《まゝ》で蔵裏の方へ見に行つた。
 急に丑松の声がした。
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