揮するやうな調子で言つた。『諸君。まあ聞き給へ。今日《こんにち》迄我輩は諸君の先生だつた。明日《あす》からは最早《もう》諸君の先生ぢや無い。そのかはり、諸君の音楽隊の指揮をしてやる。よしか。解つたかね。あはゝゝゝ。』と笑つたかと思ふと、熱い涙《なんだ》は其顔を伝つて流れ落ちた。
無邪気な音楽隊は、一斉に歓呼を揚げて、足拍子揃へて通過ぎた。敬之進は何か思出したやうに、熟《じつ》と其少年の群を見送つて居たが、軈《やが》て心付いて歩き初めた。
『まあ、君と一緒に其処迄行かう。』と敬之進は身を慄《ふる》はせ乍ら、『時に瀬川君、まだ斯の通り日も暮れないのに、洋燈《ランプ》を持つて歩くとは奈何《どう》いふ訳だい。』
『私ですか。』と丑松は笑つて、『私は今引越をするところです。』
『あゝ引越か。それで君は何処へ引越すのかね。』
『蓮華寺へ。』
蓮華寺と聞いて、急に敬之進は無言になつて了つた。暫時《しばらく》の間、二人は互に別々のことを考へ乍ら歩いた。
『あゝ。』と敬之進はまた始めた。『実に瀬川君なぞは羨ましいよ。だつて君、左様《さう》ぢやないか。君なぞは未だ若いんだもの。前途多望とは君等のことだ
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