ざつぱり》とした風采《なりふり》を見て、別に其を羨む気にもならなかつた。たゞ気懸りなのは、彼《あの》新教員が自分と同じ地方から来たといふことである。小諸《こもろ》辺の地理にも委敷《くはしい》様子から押して考へると、何時《いつ》何処で瀬川の家の話を聞かまいものでもなし、広いやうで狭い世間の悲しさ、あの『お頭』は今これ/\だと言ふ人でもあつた日には――無論今となつて其様《そん》なことを言ふものも有るまいが――まあ万々一――それこそ彼《あの》教員も聞捨てには為《し》まい。斯う丑松は猜疑深《うたがひぶか》く推量して、何となく油断がならないやうに思ふのであつた。不安な丑松の眼《まなこ》には種々《さま/″\》な心配の種が映つて来たのである。
 軈て校長は役場から来た金の調べを終つた。それ/″\分配するばかりになつたので、丑松は校長を助けて、人々の机の上に十月分の俸給を載せてやつた。
『土屋君、さあ御土産。』
 と銀之助の前にも、五十銭づゝ封じた銅貨を幾本か並べて、外に銀貨の包と紙幣《さつ》とを添へて出した。
『おや/\、銅貨を沢山呉れるねえ。』と銀之助は笑つて、『斯様《こんな》にあつては持上がりさ
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