どういふもんだ――めた(幾度も)悪戯《わるさ》しちや困るぢやないかい。』といふ細君の声を聞いて、音作は暫時《しばらく》耳を澄まして居たが、軈《やが》て思ひついたやうに、
『まあ、それでも旦那さんの酔ひなすつたことは。』
と旧《むかし》の主人を憐んで、助け起すやうにして、暗い障子《しやうじ》の蔭へ押隠した。其時、口笛を吹き乍ら、入つて来たのは省吾である。
『省吾さん。』と音作は声を掛けた。『御願ひでごはすが、彼の地親《ぢやうや》さん(ぢおやの訛《なまり》、地主の意)になあ、早く来て下さいツて、左様言つて来て御呉《おくん》なんしよや。』
(二)
間も無く細君も奥の方から出て来て、其処に酔倒れて居る敬之進が復た/\丑松の厄介に成つたことを知つた。周囲《まはり》に集る子供等は、いづれも母親の思惑《おもはく》を憚《はゞか》つて、互に顔を見合せたり、慄《ふる》へたりして居た。流石《さすが》に丑松の手前もあり、音作兄弟も来て居るので、細君は唯夫を尻目に掛けて、深い溜息を吐くばかりであつた。毎度敬之進が世話に成ること、此頃《こなひだ》はまた省吾が結構なものを頂いたこと、其《それ》
前へ
次へ
全486ページ中342ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング