る。娘はもう悲いやら恐しいやらで、夜も碌々眠られないと言ふ。呆《あき》れたねえ、我輩も是《この》話を聞いた時は。だから、君、娘が家《うち》へ帰りたいと言ふのは、実際無理もない。我輩だつて、其様なところへ娘を遣《や》つて置きたくは無い。そりやあもう一日も早く引取りたい。そこがそれ情ないことには、今の家内がもうすこし解つて居て呉れると、奈何《どう》にでもして親子でやつて行かれないことも有るまいと思ふけれど、現に省吾一人にすら持余して居るところへ、またお志保の奴が飛込んで来て見給へ――到底《とても》今の家内と一緒に居られるもんぢや無い。第一、八人の親子が奈何して食へよう。其や是やを考へると、我輩の口から娘に帰れとは言はれないぢやないか。噫《あゝ》、辛抱、辛抱――出来ることを辛抱するのは辛抱でも何でも無い、出来ないところを辛抱するのが真実《ほんたう》の辛抱だ。行け、行け、心を毅然《しつかり》持て。奥様といふものも附いて居る。その人の傍に居て離れないやうにしたら、よもや無理なことを言懸けられもしまい。たとへ先方《さき》が親らしい行為をしない迄《まで》も、これまで育てゝ貰つた恩義も有る。一旦蓮華寺
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