な笑声が起つた。炉《ろ》の火も燃え上つた。丑松は炉辺《ろばた》に満ち溢《あふ》れる『ぼや』の烟のにほひを嗅《か》ぎ乍《なが》ら、そこへ主婦が持出した胡桃足《くるみあし》の膳を引寄せて、黙つて飲んだり食つたりして居ると、丁度出て行く行商と摺違ひに釣の道具を持つて入つて来た男がある。
『よう、めづらしい御客様が来てますね。』
と言ひ乍ら、釣竿を柱にたてかけたのは敬之進であつた。
『風間さん、釣ですか。』斯《か》う丑松は声を掛ける。
『いや、どうも、寒いの寒くないのツて。』と敬之進は丑松と相対《さしむかひ》に座を占めて、『到底《とても》川端で辛棒が出来ないから、廃《や》めて帰つて来た。』
『ちつたあ釣れましたかね。』と聞いて見る。
『獲物《えもの》無しサ。』と敬之進は舌を出して見せて、『朝から寒い思をして、一匹も釣れないでは君、遣切《やりき》れないぢやないか。』
其調子がいかにも可笑《をか》しかつた。盛んな笑声が百姓や橇曳《そりひき》の間に起つた。
『不取敢《とりあへず》、一つ差上げませう。』と丑松は盃《さかづき》の酒を飲乾して薦《すゝ》める。
『へえ、我輩に呉れるのかね。』と敬之進は目
前へ
次へ
全486ページ中327ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング