のやうに起つた。人々は復《ま》た賽銭を取出して並べた。
斯ういふ説教の間にも、時々丑松は我を忘れて、熱心な眸《ひとみ》をお志保の横顔に注いだ。流石《さすが》に人目を憚《はゞか》つて見まい/\と思ひ乍らも、つい見ると、仏壇の方を眺め入つたお志保の目付の若々しさ。不思議なことには、熱い涙が人知れず其顔を流れるといふ様子で、時々|啜《すゝ》り上げたり、密《そつ》と鼻を拭《か》んだりした。尚よく見ると、言ふに言はれぬ恐怖《おそれ》と悲愁《うれひ》とが女らしい愛らしさに交つて、陰影《かげ》のやうに顕《あらは》れたり、隠れたりする。何をお志保は考へたのだらう。何を感じたのだらう。何を思出したのだらう。斯《か》う丑松は推量した。今夜の法話が左様《さう》若い人の心を動かすとも受取れない。有体《ありてい》に言へば、住職の説教はもう旧《ふる》い、旧い遣方で、明治生れの人間の耳には寧《いつ》そ異様に響くのである。型に入つた仮白《せりふ》のやうな言廻し、秩序の無い断片的な思想、金色に光り輝く仏壇の背景――丁度それは時代な劇《しばゐ》でも観て居るかのやうな感想《かんじ》を与へる。若いものが彼様《あゝ》いふ話を
前へ
次へ
全486ページ中307ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング