《だあれ》も居ないやうな処へ行つて大きな声を出して泣いて見たいのツて――まあ、奈何《どう》して其様な気になるだらず。』
斯う言つて、省吾は小首を傾《かし》げて、一寸口笛吹く真似をした。
間も無く省吾は出て行つた。丑松は唯|単独《ひとり》になつた。急に本堂の内部《なか》は※[#「門<貝」、第4水準2−91−57]《しん》として、種々《さま/″\》の意味ありげな装飾が一層無言のなかに沈んだやうに見える。深い天井の下に、いつまでも変らずにある真鍮《しんちゆう》の香炉、花立、燈明皿――そんな性命《いのち》の無い道具まで、何となく斯う寂寞《じやくまく》な瞑想《めいさう》に耽つて居るやうで、仏壇に立つ観音《くわんおん》の彫像は慈悲といふよりは寧《むし》ろ沈黙の化身《けしん》のやうに輝いた。斯ういふ静寂《しづか》な、世離れたところに立つて、其人のことを想《おも》ひ浮べて見ると、丁度古蹟を飾る花草のやうな気がする。丑松は、血の湧く思を抱き乍ら、円い柱と柱との間を往つたり来たりした。
『お志保さん、お志保さん。』
あてども無く口の中で呼んで見たのである。
いつの間には四壁《そこいら》は暗くなつて
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