して誰の為でも無いのです。瀬川さん――いづれ復《ま》た私も御邪魔に伺ひますから、何卒《どうか》克《よ》く考へて御置きなすつて下さい。』
第拾四章
(一)
月曜の朝早く校長は小学校へ出勤した。応接室の側の一間を自分の室と定めて、毎朝授業の始まる前には、必ず其処に閉籠《とぢこも》るのが癖。それは一日の事務の準備《したく》をする為でもあつたが、又一つには職員|等《たち》の不平と煙草の臭気《にほひ》とを避ける為で。丁度其朝は丑松も久し振の出勤。校長は丑松に逢つて、忌服中のことを尋ねたり、話したりして、軈てまた例の室に閉籠つた。
この室の戸を叩《たゝ》くものが有る。其音で、直に校長は勝野文平といふことを知つた。いつも斯ういふ風にして、校長は斯《こ》の鍾愛《きにいり》の教員から、さま/″\の秘密な報告を聞くのである。男教員の述懐、女教員の蔭口、其他時間割と月給とに関する五月蠅《うるさい》ほどの嫉《ねた》みと争ひとは、是処《こゝ》に居て手に取るやうに解るのである。其朝も亦、何か新しい注進を齎《もたら》して来たのであらう、斯う思ひ乍ら、校長は文平を室の内へ導いたのであつ
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