、御敷下さい。』と丑松は快濶《くわいくわつ》らしく、『どうも失礼しました。実は昨晩遅かつたものですから、寝過して了《しま》ひまして。』
『いや、私こそ――御疲労《おつかれ》のところへ。』と高柳は如才ない調子で言つた。『昨日《さくじつ》は舟の中で御一緒に成ました時に、何とか御挨拶を申上げようか、申上げなければ済まないが、と斯《か》う存じましたのですが、あんな処で御挨拶しますのも反《かへ》つて失礼と存じまして――御見懸け申し乍ら、つい御無礼を。』
 丁度取引でも為るやうな風に、高柳は話し出した。しかし、愛嬌《あいけう》のある、明白《てきぱき》した物の言振《いひぶり》は、何処かに人を※[#「女+無」、第4水準2−5−80]《ひきつ》けるところが無いでもない。隆とした其|風采《なりふり》を眺めたばかりでも、いかに斯の新進の政事家が虚栄心の為に燃えて居るかを想起《おもひおこ》させる。角帯に纏ひつけた時計の鎖は富豪の身を飾ると同じやうなもの。それに指輪は二つまで嵌《は》めて、いづれも純金の色に光り輝いた。『何の為に尋ねて来たのだらう、是男は。』と斯う丑松は心に繰返して、対手の暗い秘密を自分の身に思
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