よ》つた、広濶《ひろ/″\》とした千曲川の流域が一層遠く幽《かすか》に見渡される。上高井の山脈、菅平の高原、其他畳み重なる多くの山々も雪雲に埋没《うづも》れて了《しま》つて、僅かに見えつ隠れつして居た。
 斯うして茫然《ばうぜん》として、暫時《しばらく》千曲川の水を眺めて居たが、いつの間にか丑松の心は背後《うしろ》の方へ行つて了つた。幾度か丑松は振返つて二人の様子を見た。見まい/\と思ひ乍ら、つい見た。丁度乗船の切符を売出したので、人々は皆な争つて買つた。間も無く船も出るといふ。混雑する旅人の群に紛《まぎ》れて、先方《さき》の二人も亦た時々盗むやうに是方《こちら》の様子を注意するらしい――まあ、思做《おもひなし》の故《せゐ》かして、すくなくとも丑松には左様《さう》酌《と》れたのである。女の方で丑松を知つて居るか、奈何か、それは克《よ》く解らないが、丑松の方では確かに知つて居る。髪のかたちこそ新婚の人のそれに結ひ変へては居るが、紛れの無い六左衛門の娘、白いもの花やかに彩色《いろどり》して恥の面を塗り隠し、野心深い夫に倚添《よりそ》ひ、崖《がけ》にある坂路をつたつて、舟に乗るべきところへ下
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