び》とで火のやうに輝いた。いかにも心中の感情を包みきれないといふ風で、胸を突出して見たり、肩を動《ゆす》つて見たりして、軈《やが》て郡視学の方へ向いて斯う尋ねた。
『どうですな、貴方《あなた》の御都合は。』
と言はれて、郡視学は鷹揚《おうやう》な微笑《ほゝゑみ》を口元に湛《たゝ》へ乍ら、
『折角《せつかく》皆さんが彼様《あゝ》言つて下さる。御厚意を無にするのは反つて失礼でせう。』
『御尤《ごもつとも》です――いや、それではいづれ後刻御目に懸つて、御礼を申上げるといふことにしませう。何卒《どうか》皆さんへも宜敷《よろしく》仰つて下さい。』
と校長は丁寧に挨拶した。
実際、地方の事情に遠いものは斯校長の現在の位置を十分会得することが出来ないであらう。地方に入つて教育に従事するものゝ第一の要件は――外でもない、斯校長のやうな凡俗な心づかひだ。曾《かつ》て学校の窓で想像した種々《さま/″\》の高尚な事を左様《さう》いつ迄も考へて、俗悪な趣味を嫌《いと》ひ避けるやうでは、一日たりとも地方の学校の校長は勤まらない。有力者の家《うち》なぞに、悦《よろこ》びもあり哀《かなし》みもあれば、人と同じ
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