下されば好いんですのに。』
『解らないねえ。未《ま》だ其様《そん》なことを言つてる。奈何してまあ女といふものは左様《さう》解らないだらう。何程《どれほど》私が市村さんの御世話に成つて居るか、お前だつて其位《それくらゐ》のことは考へさうなものぢやないか。其人の前で、私に帰れなんて――すこし省慮《かんがへ》の有るものなら、彼様《あん》なことの言へた義理ぢや無からう。彼様《あゝ》いふことを言出されると、折角|是方《こつち》で思つたことも無に成つて了ふ。それに今度は、すこし自分で研究したいことも有る。今胸に浮んで居る思想《かんがへ》を完成《まと》めて書かうといふには、是非とも自分で斯の山の上を歩いて、田園生活といふものを観察しなくちやならない。それには実にもつて来いといふ機会だ。』と言つて、蓮太郎はすこし気を変へて、『あゝ好い天気だ。全く小春日和《こはるびより》だ。今度の旅行は余程面白からう――まあ、お前も家《うち》へ行つて待つて居て呉れ、信州土産はしつかり持つて帰るから。』
 二人は暫時《しばらく》無言で歩いた。丑松は右の手の鞄を左へ持ち変へて、黙つて後から随いて行つた。やがて高い白壁造りの
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