落され、脂肪に包まれた肉身《なかみ》からは湯気のやうな息の蒸上《むしのぼ》るさまも見えた。屠手の頭は手も庖丁も紅く血潮に交《まみ》れ乍ら、あちこちと小屋の内を廻つて指揮《さしづ》する。そこには竹箒《たけばうき》で牛の膏《あぶら》を掃いて居るものがあり、こゝには砥石を出して出刃を磨いで居るものもあつた。赤い佐渡牛は引割と言つて、腰骨《こしぼね》を左右に切開かれ、其骨と骨との間へ横木を入れられて、逆方《さかさま》に高く釣るし上げられることになつた。
『そら、巻くぜ。』と一人の屠手は天井にある滑車《くるま》を見上げ乍ら言つた。
 見る/\小屋の中央《まんなか》には、巨大《おほき》な牡牛の肉身《からだ》が釣るされて懸つた。叔父も、蓮太郎も、弁護士も、互に顔を見合せて居た。一人の屠手は鋸《のこぎり》を取出した、脊髄《あばら》を二つに引割り始めたのである。
 回向《ゑかう》するやうな持主の目は種牛から離れなかつた。種牛は最早《もう》足さへも切離された。牧場の草踏散らした双叉《ふたまた》の蹄《つめ》も、今は小屋から土間の方へ投出《はふりだ》された。灰紫色の膜に掩《おほ》はれた臓腑は、丁度斯う大風呂敷
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