斯人の主義で、日々《にち/\》の挙動も生活も凡《すべ》て其から割出してあつた。時計のやうに正確に――これが座右の銘でもあり、生徒に説いて聞かせる教訓でもあり、また職員一同を指揮《さしづ》する時の精神でもある。世間を知らない青年教育者の口癖に言ふやうなことは、無用な人生の装飾《かざり》としか思はなかつた。是主義で押通して来たのが遂に成功して――まあすくなくとも校長の心地《こゝろもち》だけには成功して、功績表彰の文字を彫刻した名誉の金牌《きんぱい》を授与されたのである。
 丁度その一生の記念が今応接室の机の上に置いてあつた。人々の視線は燦然《さんぜん》とした黄金の光輝《ひかり》に集つたのである。一人の町会議員は其金質を、一人は其|重量《めかた》と直径《さしわたし》とを、一人は其見積りの代価を、いづれも心に商量したり感嘆したりして眺めた。十八金、直径《さしわたし》九分、重量《めかた》五匁、代価凡そ三十円――これが人々の終《しまひ》に一致した評価で、別に添へてある表彰文の中には、よく教育の施設をなしたと書いてあつた。県下教育の上に貢献するところ尠《すくな》からずと書いてあつた。『基金令第八条の
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