映つて、妙に佗《わび》しい感想《かんじ》を起させもする。
 今の下宿には斯《か》ういふ事が起つた。半月程前、一人の男を供に連れて、下高井の地方から出て来た大日向《おほひなた》といふ大尽《だいじん》、飯山病院へ入院の為とあつて、暫時《しばらく》腰掛に泊つて居たことがある。入院は間もなくであつた。もとより内証はよし、病室は第一等、看護婦の肩に懸つて長い廊下を往つたり来たりするうちには、自然《おのづ》と豪奢《がうしや》が人の目にもついて、誰が嫉妬《しつと》で噂《うはさ》するともなく、『彼《あれ》は穢多《ゑた》だ』といふことになつた。忽ち多くの病室へ伝《つたは》つて、患者は総立《そうだち》。『放逐して了《しま》へ、今直ぐ、それが出来ないとあらば吾儕《われ/\》挙《こぞ》つて御免を蒙る』と腕捲《うでまく》りして院長を脅《おびやか》すといふ騒動。いかに金尽《かねづく》でも、この人種の偏執《へんしふ》には勝たれない。ある日の暮、籠に乗せられて、夕闇の空に紛れて病院を出た。籠は其儘《そのまゝ》もとの下宿へ舁《かつ》ぎ込まれて、院長は毎日のやうに来て診察する。さあ今度は下宿のものが承知しない。丁度丑松が
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