父は蓮太郎のことに就いて別に深く掘つて聞かうとも為なかつた。唯丑松が寝床の方へ行かうとした時、斯ういふ問を掛けた。
『丑松――お前《めへ》は今日の御客様《おきやくさん》に、何にも自分のことを話しやしねえだらうなあ。』
 と言はれて、丑松は叔父の顔を眺めて、
『誰が其様《そん》なことを言ふもんですか。』
 と答へるには答へたが、それは本心から出た言葉では無いのであつた。
 寝床に入つてからも、丑松は長いこと眠られなかつた。不思議な夢は来て、眼前《めのまへ》を通る。其人は見納めの時の父の死顔であるかと思ふと、蓮太郎のやうでもあり、病の為に蒼《あを》ざめた蓮太郎の顔であるかと思ふと、お妻のやうでもあつた。あの艶を帯《も》つた清《すゞ》しい眸《ひとみ》、物言ふ毎にあらはれる皓歯《しらは》、直に紅《あか》くなる頬――その真情の外部《そと》に輝き溢《あふ》れて居る女らしさを考へると、何時の間にか丑松はお志保の俤《おもかげ》を描いて居たのである。尤《もつと》もこの幻影《まぼろし》は長く後まで残らなかつた。払暁《あけがた》になると最早《もう》忘れて了つて、何の夢を見たかも覚えて居ない位であつた。



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