言ふ風で、病気のことなぞはもう忘れて居るかのやうに、
『彼男《あのをとこ》も彼男なら、六左衛門も六左衛門だ。そんなところへ娘を呉れたところで何が面白からう。是《これ》から東京へでも出掛けた時に、自分の聟は政事家だと言つて、吹聴する積りなんだらうが、あまり寝覚の好い話でも無からう。虚栄心にも程が有るさ。ちつたあ娘のことも考へさうなものだがなあ。』
斯う言つて蓮太郎は考深い目付をして、孤《ひと》り思に沈むといふ様子であつた。
聞いて見れば聞いて見るほど、彼の政事家の内幕にも驚かれるが、又、この先輩の同族を思ふ熱情にも驚かれる。丑松は、弱い体躯《からだ》の内に燃える先輩の精神の烈しさを考へて、一種の悲壮な感想《かんじ》を起さずには居られなかつた。実際、蓮太郎の談話《はなし》の中には丑松の心を動かす力が籠つて居たのである。尤《もつと》も、病のある人ででも無ければ、彼様《あゝ》は心を傷めまい、と思はれるやうな節々が時々其言葉に交つて聞えたので。
(四)
到頭丑松は言はうと思ふことを言はなかつた。吉田屋を出たのは宵《よひ》過ぎる頃であつたが、途々それを考へると、泣きたいと思
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